クロバンス戦記 ブラッディ・ビスカラ (電撃文庫) 高村透 p19 KADOKAWA/アスキー・メディアワークス 2016-09-10 by G-Tools |
革命勢力「黄金の地平」の一員である少年ビスカラは、クロバンス王国を変えるために、多くの少女たちとともに命を省みず戦っていた。のちの歴史家は言う。「ビスカラは英雄だ」と。しかし、若きビスカラの前に広がっているのは、普通の人間では耐えられないような血塗られた道だった。
最大多数の幸福のやむなき犠牲
過去に遡る「リテイク」の力を得て、のちに英雄となる少年の血塗られた道を綴る悲壮なるファンタジー戦記。
ハーレムものかと思いきや、ヒロインがどんどん死んでいくやつだわー。こういう救われないの好きです。
時間を遡って失敗をやり直す「リテイク」の力を与えられた革命家の主人公ビスカラが、政府軍と戦い、貴族によって腐敗した現政権を打倒していくのですが、リテイクの代償として愛する人を犠牲にしなくてはならず、最大多数の幸福のために大切な人をその手で殺していく、理想と現実の間で懊悩する姿に胸が痛みました。
ビスカラは新興貴族の生まれで、貴族や金持ちが通うエリートの高等学校で主席をとるほどの優等生ながら、素行不良で民主主義に傾倒して、反体制運動にも参加する問題児なんですが、『血の行進事件』という政府軍による市民虐殺を機に、美しき指導者ラスカリナと共に革命軍を立ち上げ国家に戦争を挑むことになる。
病弱なのに性格は苛烈な絶世の美少女ラスカリナの民主論の信念や熱血的な言動に惹かれますね。
もともと長引く戦争と内戦によって労働適齢期の男性人口が極端に減り、革命軍といっても貧困層の子供や女性たちばかりで、指導者ラスカリナを始めとして、ビスカラの周辺は女の子揃いなんですが、どの娘も理想に酔っていて現実が見えておらず、戦術もなしに本職の正規兵相手に玉砕特攻をしかけていくような視野の狭さが危なっかしく、士気は高いにも足元がグラグラで、いつ破綻してもおかしくない組織像がヒヤヒヤさせらる。
幹部の中では唯一、政治や経済に通じ、理想を掲げながらも現実的な判断ができるビスカラにさまざまな負担がのしかかっていくのですが、実働部隊を率いる副長ベルナレットと派閥争いを繰り広げることになってしまい、ビスカラなしでは資金も資材も整わず運営が立ち行かない組織を支える要でありながら、強権を振るう者として同胞からもよく思われていない人間関係がなんとも報われません。
政府軍と比べれば、力でも数でも装備でも劣る革命軍を率い、奇抜な戦術を駆使して奇跡的な勝利を繰り返し、一見すると革命軍が勢いに乗って絶好調のよう見えても、すべては「リテイク」によって知り得た相手の策を逆手に取っているだけで、戦のたびにその生け贄としてビスカラが大切に思う人がひとりずつ亡くなって、周囲が、勝ち戦の喜びに沸くなかで一人、誰にも知られずに苦悩を抱える姿がやるせない。
ビスカラも革命が掲げる最大多数の幸福を実現するためのやむなき犠牲と理性では割り切りつつも、本当は殺したくなんてなくて、しかし、すでに払ってしまった命を無駄には出来ず、悲しみと罪悪感で自分を責めながら止まることも引くことも許されず、少女たちを手にかけていく、しかしビスカラのことを誰も責めずに粛々と死を受け入れる献身がまた切ない。稀代の戦術家としての栄光の道を歩むと共に、引き返せない孤独の道を歩んでいく展開が読んでいて辛かった。
英雄とは孤独なものであると言われるが、誰しもが臨んでそうなるわけではないというのを思い知らされる一冊