![]() | ヴァンダル画廊街の奇跡 (電撃文庫) 美奈川 護 アスキー・メディアワークス 2010-02-10 by G-Tools |
統一された政府により、様々な芸術が規制を受け始めた世界。しかし、そんな世界各地の壁面に封印されたはずの名画を描き出す<アート・テロリスト>を、人々は敬意をこめて「破壊者(ヴァンダル)」と呼んだ。政府を敵に回すという危険を冒してまで彼らが絵を描く理由とは。そして真の目的とは──?
世界は名画で満ちている
芸術が規制された世界で街頭に名画を模写して旅する少女と仲間たちの織り成す絵画ファンタジー。
これは感動した。絵に描かれた美しい情景が鮮やかに浮かんでそっと心に染み入ってくる。
恒久的な平和のためと称して歴史に残る偉大な芸術や音楽を禁止する統一政府の監視をかい潜り、世界各地の街頭に模写を描いて回り、名画を再び衆目の前に取り戻す様が痛快でした。
封じられた数々の名画とそれにまつわる人々の想いの結びつきの深さに魂を揺さぶられる。
絵画というのは、ただ美術品というだけでなく、その画家の生まれた国や描かれた土地を故郷とする者たちの誇りであり、ひいては民族性にも関わってくる大切な心の拠り所なのだろうなぁ。
それを否定して奪い去ることは、形を変えた文化や思想への弾圧にも等しい。
例えすぐに当局に削除されてしまう落書きだったとしても、<プロパガンダ撤廃令>によってどこか陰鬱に沈んだ人々にとって、エナの描いた絵は迷える己を照らし出す希望の光だったのでしょう。
『ヴァンダル』を追いかけるインターポールの刑事たちも、次第に統一政府の唱える平和に疑問を感じ始め、自らの立場と正義心とで板挟みに合いながらも真実に迫っていく姿勢が好ましかった。
父親が殺される原因となった絵までたどり着きながら、結局その絵を公開したり残そうとしなかったのは、所詮『ヴァンダル』のやっていることは犯罪行為であり、間違った方法で世界を変えても何もならない、それよりも人々が自分で過ちに気づいてくれることを願ったのではないかな。
父親の愛した美しい世界への想いがエナにも受け継がれ、いつか蘇えることを祈ります。
精緻な描写により名画の迫力と魅力が伝わってきますが、その絵がどうして生まれ、どのような歴史を過ごしてきたかといった背景も解説してくれるとより深くなったと思います。
あと行方知れずになったエナの母親については謎のままなのがひっかかりましたね。
絵画に詳しくない者でも気軽に読めるよう工夫はされていますが、もう少し濃いめにマニアックに走ってもよかったなあ。続編はあるんだろうか、彼らの描いていく絵をこれからも見守っていきたい。
あとがきで作者の語っているミュシャの『ジスモンダ』は、先週の「美の巨人たち」で特集してましたね。ちょうど放送見てましたよ。様式美と造形美のコントラストが美しいね。
私の心にある一枚の絵はなんだろう。レンブラントの『夜警』かな。勇壮でかっこいい。
本来は『フランス・バニング・コック隊長の市警団』という題名が正式で、昼の光景を描いた絵なのに何故か夜の風景だと勘違いされて別名の『夜警』の方が知られていたり、大きすぎて額に入らないからという理由で周辺を切り取られていたり、展示中に暴漢に刃物で何箇所も傷をいれられたり、わりと名画にあるまじき扱いをされているのが逆に親しみやすい。どちらかというと宗教画や戦争画よりも、大衆画全般が好きですねぇ。