個人的には、王道モノはいらない
というか入り込む余地がない
漫画の王道はバトルものですが、ラノベの王道はラブコメです。
ラノベのバトルものはむしろ不人気、大半の作品は「戦闘シーンは余計」と評される。
『とある魔術の禁書目録』、『ゼロの使い魔』、『フルメタル・パニック』、『灼眼のシャナ』、『鋼殻のレギオス』など、人気のあるアクション・バトル系もありますが、それらは同時にラブコメ要素が強い作品でもあり、純粋にバトルだけで売れている作品というのは皆無に近いのです。現状のバトルものは、ラブコメと抱き合わせ販売されているというのが実態でしょう。
まあどんなジャンルの作品でも、主人公とヒロインに恋愛要素を絡ませるというのは、プロット作成において絶対条件です。普遍的なラノベの魅力とはラブストーリーであり、既存の作品はそれにファンタジーなり、SFなり、学園異能なり、読者から見える表面上のジャンルを外付けして派生しているに過ぎません。
そして最近では、派生パターンの硬直化が問題になりつつあります。
一番多いパターンとしては、『異能を持った美少女と出会い、平和を乱す敵との戦いに巻き込まれ、次第に愛が芽生えていく』という現代異能・学園異能モノでしょうか。いわゆる『灼眼のシャナ』の売り上げにあやかろうと、各レーベルが飽きもせずに粗製濫造を繰り広げている作品群です。
元々、汎用性が高いテーマであり、出版側としてはプロットにつまったときに重宝するテーマなのですが、読者としてはいまさらマンネリで、新鮮味に欠けます。いまからではB級以上の評価は得られない。それでもそれがラノベのスタンダードとなっている今現在では、一般大衆ウケしている以上、これからも模倣コピーは後を絶たないでしょう。
そこで、編集者やコアな読者の間では王道よりも邪道が求められているというのは、漫画でもラノベでも同じだと思います。邪道な作品で一番人気があるといえば、『生徒会の一存』シリーズでしょうか。登場人物は個性豊かであるものの、異能や特殊能力を持っていることもなく、ましてや強大な敵と戦うということもなく、とくに目標や目的もなしにお喋りをしているだけというのは、これまでのラノベの概念からは考えられない邪道中の邪道。だが、面白い。
「面白い漫画であれば連載されるのは当たり前」という、佐々木編集長の言葉も名言ですね。
面白ければ、どんな作品でも読者に支持される、それがライトノベル。
王道バトル漫画の5つの条件
@受け入れやすい世界観
A共感できる行動原理
B魅力的な敵キャラ
C可愛いヒロイン
D笑いがあり、泣ける
服部氏のセリフをまとめると上記のような感じだが、この5つの条件はバトルもの限定ではなく、すべてのジャンルの作品作りに通じて言えることだと思います。というか、満たしているのが当然。
個人的に付け加えるとしたら以下、
Eストーリー展開に勢いがある
Fまだ誰も思いついていないテーマを使う
Gゲーム要素がある
H主人公は強すぎない
I超展開禁止
説明は必要? Eは文章や展開にスピード感をつけてテンポを早くする。短いページ数になるべく多くの展開を詰める。ストーリー進行は、決してたらたら描いてはいけない。
Fも当たり前で、現在のラノベ作家にもっとも声を大にして言いたい。他の作家の作品を真似して書いても、面白くもなんともない。まず書く前に、既存作品の中に似た作品があるかないかくらいは確認して欲しいものです。
Gは、ゲーム要素と大雑把に言ってしまったが、例えばファンタジー小説なら、RPGの原作として流用できるくらいの作りこみをすべきということ。分かりやすいひとつの基準は魔法の系統分け。『スレイヤーズ』、『されど罪人は竜と踊る』、『鋼殻のレギオス』などは、登場する魔法や技にかなり凝った作りこみがされています。
スレイヤーズの呪文一覧、され竜の咒式一覧、鋼殻のレギオス剄技一覧。
『バカとテストと召喚獣』ならば、登場人物本人の代わりに召喚獣同士を闘わせたり。『学校の階段』なら、ただ無秩序に校内を走り回るだけでなくて、ちゃんとした競技ルールを確立しているのが、ここでいうゲーム性にあたります。
Hは、主人公がなんでもできる最強無敵のスーパーマンだったら、面白くもなんともないです。
特殊能力を与えるのであれば、強力だけれど限定的で使い勝手が悪いとか、サポート的な能力であったり、欠点だらけだったり、なにに使えるのかイマイチわからないような地味な能力であるくらいが丁度いい。
『とある魔術の禁書目録』の主人公・当麻は、あらゆる異能を消せる能力を持っていますが、相手が異能を使ってこなければ無価値だし、腕力勝負、離れた距離からの銃撃戦などでは無力です。そもそも攻撃性はなく、完全に防御向きの能力。『世界の危機はめくるめく』の主人公なんて、「スカートをめくる程度の能力」しか持っていません。それでいったいどうやって敵と戦うんだというところに、読者の興味が沸いてくるのです。『薔薇のマリア』のマリアローズのように、パーティ最弱の役立たずでも構わないと思います。最近の読者が主人公に期待するのは、パーティの前線に立って戦う勇者的行動でなく、『ミスマルカ興国物語』のマヒロのように、読者の意表をつくトリックプレイ。
Iの超展開禁止は、気にしない人は気にしないかも知れませんが、私は気にします。
前後の話の脈絡を無視した不自然なストーリー展開は、読者を裏切る行為だと思います。
『紅 〜醜悪祭 上下〜』は最低でした・・・。
好きなキャラは、勝手に動きます。
新妻エイジのセリフ。ぶっちゃけ、新妻大嫌いなんだが、これには頷かずにはいられない。
作者が自分の作ったキャラを愛していれば、読者にもそれが伝わってくるし、話の展開も面白いです。作者が愛せないキャラが、読者から愛されるわけがない。
活き活きしているキャラはそれだけで魅力的です。よくあとがきで「キャラがなかなか動かない」という作者の呟きがありますが、それはキャラ作りを失敗しているんです。
ラノベ作家でもっとも自作キャラを溺愛している作家といえば、おそらく茅田砂湖でしょう。読者以上に自分の作ったキャラに萌えている作家は、茅田砂湖を置いて他にいないと思います。いつもキャラパワーだけで進めているワンパターン展開なのに、これが何故だか面白いので文句のつけようがありません(いつも売り上げが凄いし)
ちなみにライトノベル界のポスト新妻エイジは、日日日だと思う。先の展開のプロットとか、まったく考えずにあれだけ書けるのは、まぎれもなく天才。まあ日日日もいつか限界がくるんだろうなとは、デビュー時から漠然と感じているのですがね。
亜城木夢叶はとくに思い当たる作家はいないけれど、挙げるとすれば赤松中学かなぁ。
『アストロノト』はかなり読者ウケを計算して書かれていました。ライトノベルに求められている要素を過不足なく詰めている。インパクトには欠けるが、プロット構成力では抜きん出た期待株かと。
ときに『バクマン。』は、終盤で亜城木夢叶が新妻エイジに勝ったあたりで、シュージンが事故かなにかで死ぬのではないかと。サイコーは友の死をバネにしながら、それでも漫画に打ち込み、ついにアニメ化→結婚END。という泣けるシチュエーションを予想してるんですが、どうよ?
9主人公は強すぎない、を見て
マントとられたり、目が見えなくなったパーマンや
7つの力を24時間使えなくなったり、手、足、胴を普通のロボットに取り替えたアトムや
ザワールド覚えてからあまり戦わなくなった承太郎
を思い出した。強すぎたら動かしづらいすよね。
目の付け所が鋭いですな。日日日に関しては、限界という壁にぶつかってからが面白いかもしれませんね。
記事参考になりました、ありがとうございます!
>好きなキャラは、勝手に動きます。
最近、小説を書くようになったのですが。早く、そうなれるようがんばりたいです。
>テストさん
私が連想する失敗例は『ドラゴンボール』ですかね。
悟空が強すぎるせいで、さらに敵キャラを強くせざるをえなくなってしまい、
結果「強さのインフレ現象」を招いて再現がなくなってしまったような。
『テニスの王子様』もシリーズ後半は同じ過ちを繰り返してました。
スポーツというよりは、あれはもう超人バトル漫画の世界ですね。
主人公というのは『スラムダンク』の花道みたいに、最初はド素人なヤツでいいと思います。
まああくまで私の好みですが。
>ミステスさん
日日日は、作者としての限界の前に読者に飽きがくると思います。
最初から完成しすぎて、これ以上成長する余地がないというのが相応しいでしょうか。
それでも面白いことは否定しませんが、やや面白味が一発芸に近くなってきている。
一般ウケはするでしょうが、コア読者の中ではすでに見切ってしまっている人が多いです。
とりあえず後先考えずに伏線や布石を貼っておいて、次の巻で辻褄合わせに適当に回収するクセはどうにかした方がいいと思いますね。
バラバラであんまり美しくないです。
>ヒロさん
初めまして。
本当をいうと、ラノベのキャラは個性的に描きすぎない方がいいです。
個性的なキャラは確かにそれだけで面白いなのですが、非常に扱いづらいですし、
アクの濃い性格ですと読者の中には反感を抱く方も多いです。
本当に魅力的なキャラは、人間として魅力があるキャラです。当然ですよね。
人気のあるキャラをよく見ると、個性的で独特であるよりも「こいつはイイヤツだなぁ」と感じるキャラが多いです。
物語のプロットを書く前に、なにかひとつ理想のヒーロー像を設定すると良いですね。